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プログラミング言語を自作してみた

執筆者: 霽月

最終更新: 2025/04/25

やあやあ、霽月ですよ。

春休みの 5〜6 週間を費やして、オリジナルのプログラミング言語 Shol を開発してみました。

コンパイラ演習の授業で yacc/lex を使って簡単な手続き型言語を作成するというのがあったのですが、手続き型以外の言語も作ってみたいなーと思って作ってみたのです。

言語の構想自体は以前からあって、初めの4〜5週間でコンパイラ、5〜6日でドキュメントサイト、1〜2日で VSCode のシンタックスハイライト拡張機能を制作しました。

OGP Image

目次

  • Shol について
  • コンパイラの作成
    • コンパイラの概要
    • 字句・構文解析
    • 意味解析
    • コンパイルエラー
  • ドキュメントの作成
  • VSCode 拡張機能の作成
  • 競技プログラミング
  • まとめ

Shol について

Shol は手続き型でも関数型でも論理型でもない、独自のパラダイムを採用した宣言型のルールベース言語です。

多くの言語で皆さんが慣れ親しんでいるような、変数、関数、制御構文(if, for, while)、エントリーポイント(main) などの概念が存在しない、異世界のような言語です。

FizzBuzz はこんな感じで書けます。(1 から標準入力された数まで)

%cin
. $ #nGen 1, $.int

*nGen
. $n, $max # $n+1, $max, $n<$max
| $n, $max #fizzBuzz $n
. false #exit 0
| true #

*fizzBuzz
. $ % 3 = 0 # Fizz
| $ % 5 = 0 # Buzz
. Fizz, Buzz # FizzBuzz
. $ #print $

%print
%exit

もし興味があれば チュートリアル を読んでみてください。ショル助とショル子の会話形式で Shol についてざっくり学べます。

コンパイラの作成

コンパイラの概要

コンパイラの処理の流れはこんな感じです。

  1. Shol のソースファイルからソースコードを読み取る。
  2. プリプロセス:ソースコードに前処理を施す。
  3. 字句・構文解析:ソースコードを AST(抽象構文木) に変換する。
  4. 意味解析:AST を解析して型推論などを行い、その結果を AST に付与する。
  5. 中間コード生成:AST を解析して、Rust のコードに変換する。
  6. 実行ファイル生成:Rust のコンパイラを呼び出して実行ファイルを出力する。

中間コード生成は、元の言語と機械語との間を取り持つ中間言語を生成する工程です。一般的なコンパイラでは、アセンブリ(機械語と一対一に対応するような低水準言語)や LLVM-IR (コンパイラバックエンドである LLVM に渡す用の言語)のような言語のコードを生成することが多いです。しかし、Shol は非手続き型であり、そういった言語に変換するのはコストが高いことから、他の高級言語のコードを生成する(いわゆるトランスパイル)という方式を採ることにしました。

初めは C++ への変換を考えたのですが、C++ よりも楽にメモリ管理や文字列操作が行えて、かつ C++ と同等のパフォーマンスが発揮できる Rust を中間言語に採用することにしました。

コンパイラを実装するためには、Shol のコードがどのような Rust コードに変換されるのか、明確なイメージが必要です。当然のことですが、例えば手作業で C をアセンブリや LLVM-IR に変換できない人は、C をアセンブリや LLVM-IR に変換するコンパイラを作ることはできません。僕は Rust を触るのは初めてだったので、慣れる必要がありました。そういうことなら、コンパイラ自体も Rust で開発すれば効率がいいのではということになり、Rust で作ったコンパイラで Rust を生成するということになったわけです。

字句・構文解析

字句解析はソースコードをトークン(字句)に分割、構文解析はそのトークン列から AST を生成する工程です。擬似言語で例を示すと大体こんなイメージです。

元のソースコード(文字列):

int num; num = 1 + 2 * 3;

トークン列:

型(int), 変数名("num"), セミコロン, 変数名("num"), イコール,
  整数(1), 足す, 整数(2), 掛ける, 整数(3), セミコロン

AST(抽象構文木):

     プログラム
      /    \
変数宣言文    代入文
  /  \      /   \
int  num  num    +
                / \
               1   *
                  / \
                 2   3

字句解析や構文解析のプログラムは、手書きすることも可能ですが、パーサジェネレータ(構文解析のプログラムを生成するツール)やレキサージェネレータ(字句解析のプログラムを生成するツール)を使用するのが一般的です。手書きよりも楽に作れて高速な解析が行えます。

概要でも触れた yacc/lex は、C や C++ でコンパイラを制作する時に使える、古典的なパーサ/レキサージェネレータです。他には Java の ANTLR も有名です。今回は Rust で開発するということで、選択肢はたくさんあるなか、Lalrpop/Logos という組み合わせで開発することにしました。

Lalrpop は、nom や Pest などの他のツールよりもドキュメントが親切で分かりやすかったので採用しました(あと名前が可愛い)。.lalrpop という拡張子の文法ファイルを用意して、ビルド時にパーサ生成処理が自動で走るという感じになっています。

Logos は、Rust のツールの中では珍しい字句解析特化型です。Lalrpop だけでもレキサーまでカバー可能なのですが、Logos の方が複雑な字句解析処理を行えるので、カスタムレキサーとして Logos を連携させました。

パーサジェネレータはサポートする文法によって LL, LR, PEG などの分類があります。Lalrpop はその名の通り、LR 文法の一種の LALR(1) 文法をサポートします。これは yacc と同じ文法です。ただし yacc と違うところは、シフト/還元競合(shift/reduce conflict)が警告ではなくビルドエラーになってしまうので、曖昧な文法を完全に許容しないという点です。これが相当大変でした。

「曖昧な文法」と聞くと、dangling else のようなあからさまな曖昧な文法をイメージするかも知れませんが、LALR(1) 文法では 1 つ先のトークンまでしか先読みできないという条件の下で各生成規則の還元のタイミングを明確化するように文法をリファクタする必要があるのです。シフト/還元競合は概念自体もエラーメッセージも難解ですし、これに関しては ChatGPT は全く役に立たないので、コツを掴みきるまでは茨の道を歩むことになりました。

初心者には、無限に先読みをしてくれる LL(*) 文法の ANTLR というパーサ/レキサージェネレータをお勧めしたいです。シフトとか還元とか難しいこと考えなくても書けますし、既存のあらゆる言語の文法を ANTLR の文法ファイルで再現した grammars-v4 というリポジトリもあるのでお手本見放題です。今回は Rust なので ANTLR は使えませんでしたが、grammars-v4 の Python と C の文法は参考にしています。

意味解析

意味解析では、キャプチャの型推論や、条件式種別の決定などを行なっています。

キャプチャの型推論は、一般的な言語の型推論とは異なるため、Hindley-Milner のような既存の型推論アルゴリズムは使用できませんでした。Shol の独自概念であるキャプチャは、型を持つという点では他の言語の「変数」に近いとも言えますが、「変数」のように 1 つの型に定まるのではなく、「文字列または整数」のように複数の型を持つことができるのです。また、Shol にはキャプチャ間の型制約関係という独自の型エラーも存在します。

Shol では、型推論を制約充足問題として扱い、バックトラッキングや制約伝播アルゴリズムを使用しています。詳しくは Shol のドキュメント「型推論」を読んでみてください。

コンパイルエラー

コンパイルエラーは字句解析で 10 種類、構文解析で 2 種類、意味解析で 15 種類ほど実装しています。エラーメッセージは Rust のコンパイルエラーを参考にしながら作ったので、なかなかのクォリティに仕上がりました。

これは字句解析のエラーメッセージの例です。

Sholのエラー画像 Sholのエラー画像

これは構文解析のエラーメッセージの例です。

Sholのエラー画像

これは意味解析のエラーメッセージの例です。

Sholのエラー画像 Sholのエラー画像

エラーメッセージは英語の方がいいかと思いましたが、海外進出するような実用的な言語ではないので日本語にしました。

ドキュメントの作成

コンパイラができたら、次はドキュメントです。

今回は Docusaurus という React ベースの静的サイトジェネレータを使用して GitHub Pages を使ってデプロイを行いました。
Shol プログラミング言語 | Shol

Docusaurus は Meta 社(旧 Facebook)が開発したドキュメント・ブログサイト用のフレームワークで、ドキュメントの内容を Markdown で書くことができるので執筆に集中できます。Markdown 以外にも js/ts ファイルや css ファイルをいじればレイアウトやデザインも自由にできますし、何よりコマンドひとつでビルドから GitHub Pages へのデプロイまで簡単にできるのが便利ですね。仕組みとしては、ビルド成果物の HTML ファイルがそのリポジトリの gh-pages ブランチに自動でコミット&プッシュされて、そのブランチが GitHub Pages のブランチとして設定されていればデプロイが動き出すという流れになっています。

Jest や React Native など、有名な企業や OSS も使っていたりするのでおすすめです。
Docusaurus Site Showcase | Docusaurus

VSCode 拡張機能の作成

Shol のコードを書くとき、シンタックスハイライトがないとコードが真っ白で分かりにくいという声を受け、VSCode 用の拡張機能を作りました。

コードがシンタックスハイライトされている様子

おかげでとっても読みやすくなりましたね!

この拡張機能は VSCode で「shol」と検索すれば誰でもインストールできます。

拡張機能検索画面

VSCode の拡張機能を作るのは初めてでしたが、ネットで色々なサイトを見て調べながら作ったらできました。文法を記述する tmLanguage.json ファイルの書き方に初めは特に戸惑いました。コンパイラのパーサは BNF ベースの記法で文法を記述することが多いですが、tmLanguage.json は正規表現ベースの記法で、クセのある感じでした。

ハイライトの色については、「緑」や「水色」など直接の色を指定するわけではなく、例えば変数なら "name": "variable.other.shol" のように指定して、そしたらユーザが設定している VSCode のテーマが勝手に「あっこれは variable だから水色だ!」とか「赤だ!」とか「白だ!」とか色をつけてくれるわけです。

ちなみにこの name っていうのは VSCode で Ctrl+Shift+P でコマンドパレットを開いて「inspect」と打って出てくる「Developer: Inspect Editor Tokens and Scopes」を選択してエディタ内のハイライトされる文字にカーソルを合わせると見ることができます。この機能で他の言語のハイライトで使用されている name を参考にしながら、自分の言語で使用する name を決めるわけです。

競技プログラミング

競プロサイト AtCoder の問題で、Shol のプログラムが合格(AC)しています。

AtCoder 自体は Shol には対応していませんが、Shol コンパイラの --rs オプションを使えば Shol のプログラムを Rust に変換できるので、Rust として提出が可能です。

オーバーヘッドが大きいので、問題によっては TLE 不可避なものもありますが、物好きな方は Shol で競プロ、挑戦してみると面白いかもしれません。

まとめ

今回初めて触る技術が多かったので、それらを振り返って終わりにします。

Rust

Rust は自分の専門分野である Swift にお互い影響を受けあっている言語なので、「あーこれは Swift でいうこれのことね」っていうのが多くてすんなり学習できました。

世間一般で難しい難しいと騒がれている所有権も、C の経験がある人間であれば容易に理解可能な概念だと思いました。

以下は、僕が学習に使用したサイトです。

Lalrpop/Logos

授業で yacc/lex を触って技術選定の段階で ANTLR も触っていたので、基本的なところで躓くことはあまりなかったかなと。ドキュメントが、特に Lalrpop は親切でした。

ただし、シフト/還元競合は慣れるまで苦戦しました。

Docusaurus

JS/TS や React は触ったことがあったので、すんなり使いこなせました。GitHub Pages へのデプロイも簡単でした。

Markdown で執筆に集中できるのが強いです。

VSCode 拡張機能

tmLanguage.json の記法には慣れるまで戸惑いましたが、1〜2日程度で制作から公開までできたので良かったです。

取得に失敗しました

2022年度 入部

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